「おれたちのゲーム音楽勉強会」参加してきた

「思い出のゲーム音楽について語ろう」という謳い文句についついテンション上がり、勢いで発表枠をポチっちゃって大変だったという話。

軽い気持ちで参加したのですが、高度な情報戦のようなトークバトルの現場になるとは思わなかった笑。やっぱり準備は大事。言おうとしていた半分も言えなかった。まわりは登壇経験が豊富な人たちばかりで、まあよくエントリーしたもんだという感じで、勢いは怖いな、と。しかし勢いがなければ、こんなに熱いエキサイティングなイベントには参加できなかったのも事実。人生、時には冒険も必要です。

最初、facebookの告知の書き込みの中に、「誰にも理解されない感じになりそうな気もする」という非常に的を得た発言があり、まさにそうだなと直感したのですが、ゲームを共有していないと共感してもらえない感はあると思う。

「ゲーム音楽」が特殊なのは、ゲームを通じての体験であるから。映画音楽も仮想現実の体験といえますが、主体的に操作して反応を受けるという(インタラクティブでバイオフィードバックがある)一連の体験は、受動的な映画よりも、リアルな体験として記憶に残りやすいと思う。

また、繰り返し聞くことで脳に刷り込まれるという現象や、若いときに新しい刺激としてインプットされる現象などは記憶に残りやすい。人間、瀕死の極限状態で体験した出来事は忘れることができないというあれですよ。ゲーム中に自分の操っているキャラクターが死にそうになるのを繰り返すわけですが、ゲームにシンクロすればするほど、難しいゲームであればあるほど、純度は高まるんですよね。

勉強会の中でも「思い出補正」というワードが出ましたが、そのゲーム音楽だけを聞いて、いい音楽と感じるかどうかは正直、よくわからない。

というのも、一連の体験として記憶されているため、操作感やアクション性が良かったのか、キャラクターやシナリオが良かったのか、グラフィックや音楽が良かったのか、なにか「全体的に良かった」という状態で記憶している感じなのですね。

もう一つ「ゲーム音楽」の特殊性として、ミニマリズム(最小限主義)であるという点。ゲーム創成期においてはハードの制約が多く、音楽の表現そのものが制限されていた必然もあり、結果論ですが「最小の構成で表現する美」という芸術性が際立ったものになったわけです。

ところが最近のゲーム音楽って、他の音楽と何も変わらないんですよね。音ゲーの版権曲なんかはそのままですし。ゲームで使われている音楽は「ゲーム音楽」と今は定義されるわけですが、個人的には80~90年代のミニマリズムを「ゲーム音楽らしい」音楽としてリスペクトしたい。

初期のゲームは、巨悪な敵にたった一人で立ち向かうというスターウォーズ的なエンターテイメントスタイルが一般的でした。

特にコナミの「ツインビー」や「グラディウス」あたりが秀逸なのは、そんな緊迫した戦争のようなシチュエーションに、あえてポップでファンタジーな音楽や効果音をつけていること。あくまでゲームですよという意図的な記号化が、ミニマリズムで80年代ポップなゲーム音楽の本質があるように思う。

今回の勉強会ではあえてそれを紹介せず、その文脈をアイロニックに捉えた作品をぶつけてみました。

開催されるのであれば、また挑戦してみたい。

おれたちのゲーム音楽勉強会 – connpass

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